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豊頃町の文化財

ページID:0001358 更新日:2023年1月16日更新 印刷ページ表示

北海道指定文化財

大津海岸トイトッキ浜野生植物群落

大津海岸トイトッキ浜は、大津市街から北東に約2km離れた旧十勝川河口付近にあり、太平洋岸に面した幅80m、長さ2,100mにおよぶ標高5~6mの砂丘地帯です。喬木のない草原で、コケモモ、ガンコウランなど多くの寒地、高山植物を含み他に、ヤナギラン、ウンラン、ハマナス、ハマエンドウ、コウボウムギ、オカヒジキ、ムシャリンドウ、クロユリ、スズランなどがよく自然の保たれた状態で生育しています。十勝沿岸の草原群落は後背部に泥炭地、湿地を持つために複合した景観をなすものが多く、トイトッキ浜はその代表的な一例とされます。また、群落の自然状態も極めて良く、北海道太平洋岸の代表的な海岸景観の一つとして学術上からも貴重なものとなっています。
(昭和38年12月24日指定)

大津海岸トイトッキ浜野生植物群落

大津海岸長節湖畔野生植物群落

長節湖は、大津市街から南西約4kmにある周囲5kmの鹹水(かんすい)湖で、太平洋と幅の狭い砂丘で隔てられています。
指定地は、この砂丘上の町道と長節湖の間にはさまれた幅250m、長さ500mの地域で、ハマナスを主とし、これにエゾカンゾウ、エゾキズゲ、ムシャリンドウ、センダイハギ、エゾスカシユリ、ハマフウロ、ヒオウギアヤメ、クロユリ、スズランなど多くの草種が加わった群落で、春から初秋にかけては花が次から次へと咲き競います。
この種の海岸草原群落は小清水海岸などオホーツク海沿岸のものがよく知られていますが、この地域のものもまた、規模において劣るものではありません。
特に長節湖畔の群落にはシロバナハマナスを混じえており、湖の静けさと相まって、広々とした景観に趣を添えています。
(昭和38年12月24日指定)

大津海岸長節湖畔野生植物群落

カムイノミの図

絵馬「カムイノミの図」は、明治5年10月幸喜丸の船頭和右衛門が願主となっていますが、高価な絵馬であることと、遠景に福島屋杉浦嘉七所有(両天秤印)の帆掛け舟が描かれていることから、漁場持ちである嘉七が関わっていたと推測されています。
大津や広尾の神社には幕末から明治にかけての絵馬が数多く奉納されていましたが、第二次大戦時にほとんどが焼却されてしまいました。
幸いなことに残ったこの絵馬は、明治初期の和人とアイヌの関係を知る貴重な資料でもあります。
(平成13年3月30日指定)

カムイノミの図

福順丸の図

慶応2年、杉浦嘉七の手船、福順丸の沖船頭又助が大津稲荷神社に奉納したもので、十勝管内の船絵馬としてはこの一点のみが現存しています。
船本体は紙で描かれていましたが、はがれ落ちています。
(平成13年3月30日年指定)

福順丸の図

豊頃町指定文化財

二宮のはるにれ

二宮地区は、二宮尊親が入植した歴史的土地柄であり、樹齢200年のこのはるにれは、地域の風景にとけこむとともに、開拓の歴史を刻むものです。
(昭和61年指定)

二宮のはるにれ

幌岡のはるにれ

十勝川左岸河川敷に位置するこのはるにれは、2本の木が一体化したもので、扇形の枝ぶりが見事であり、周囲の環境と調和して、すばらしい景観を造っています。
(昭和61年指定)

幌岡のはるにれ

湧洞湖畔野生植物群落

湧洞湖は、茂岩市街から南に約31kmに位置し、三方を濃緑の山並みに囲まれた周囲約19kmの鹹水湖で、太平洋との間は砂丘になっており、湧洞川の河口に磯波により砂が堆積してせき止められたものです。
植物群には、北海道の太平洋沿岸ではめずらしい、ガンコウラン、ハクサンチドリ、コケモモなどの高山植物や、ハマナス、ハマエンドウ、エゾカンゾウなどの海岸草原植物が混生しています。
(平成7年指定)

湧洞湖畔野生植物群落

二宮獅子舞神楽

本町に伝わる神楽は、嘉永5年に相馬石神村押釜(現在の福島県南相馬市原町区石神)の彫刻師小沢深治等が伊勢神宮で神楽を習い高座神社に奉納した「押釜神楽」がそのルーツとされています。
本町で、この神楽がはじめて披露されたのは大正9年のことで、報徳二宮神社が新築され、御神体の御分霊を日光今市より鎮座するときに押釜出身の牛来巳之吉等により奉納されたのが始まりです。
(昭和54年指定)

二宮獅子舞神楽

二宮尊徳の直筆

大正9年報徳二宮神社造営の際、二宮尊道氏が寄贈したもの。尊徳直筆の書は報徳記念館(小田原市)のほかには数少なく貴重なものです。
(平成8年指定)

二宮尊徳の直筆

二宮尊徳の紋付羽織

大正12年、福島県中村町の大槻吉直氏が寄贈、奉納したもので、140年以上前のものと推定されます。
(平成8年指定)

二宮尊徳の紋付羽織

二宮尊親の書「修学習業」

明治44年に書かれたものであり、尊親が二宮から離れた後の作品で、教育の指針として受けとめることができます。
(平成6年指定)

二宮尊親の書「修学習業」

旅来ABチャシコツ

Aチャシコツは、道々大津旅来線の海抜40mの高台に位置した壕幅5m深さ2.5mの二重壕で、築造巧緻であり、アイヌ民族の伝説があります。また、Bチャシコツはチャシコツから100mほど離れた海抜45mの高台に位置した壕幅1m、深さ0.5mの円形壕です。
(昭和54年指定)

旅来ABチャシコツ

礼文内第2チャシコツ

JR根室本線を眼下に臨む河岸段丘上に位置し、壕は二重で、内壕は半円形、外壕は馬蹄形状を呈しています。
(昭和54年指定)

礼文内第2チャシコツ

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